重なる時間、重なる像
暖かい日が続いています。
お天気よく、陽気もよく、歩いているだけでおとくな気がしてしまう金曜日。
来週には都内では桜が開花とか…
卒業式を迎える学校も多いようで、今日演奏に伺った保育園の先生は、この時期は大忙し…と仰っていました。
自分が卒業した母校のこと、思い出すことはありますか?
当時、どんなことを思い、考えていたでしょうか。
先日、自分が通っていた高校に何十年振りに行きました。
卒業生として、いまの高校生に、高校時代の日々が、いまの自分とどう繋がっているかお話しする機会をいただいたのです。僭越ながら、自分の話をさせてもらいました。
高校時代。
ゴスペルを弾くきっかけ、ヴァイオリンとの出会い、あとはDTM。
私の場合は当時出会ったことがたまたま今に繋がっていることが多くあるけれど、人によってそうでないケースも多いと思う。
私の他に呼ばれていたOGのなかには、高校の時にやっていたことと180度違うことをして活躍している人もいた。
そういった人は、久しぶりに会ってもその当時のムードはそのままで(当時から華がある人が多い)、やることをただ変えた、というようにも見える。
現役の高校生の話もいろいろ聞くと、将来について、自由な発想を持っている子や、具体的にこれをやりたい、というものを持っている子もいて、そのことになると目を輝かせて話してくれた。
とりたててそういうものがない、と話す子も、とりあえず受験しようかな、とか。受験勉強でも、とりあえずでも、何かやってみようとしているようだった。
ちなみに私はその当時のことが今に繋がるとはつゆほども思っていなかったので、今回お話しさせてもらった高校生たちが、20年後にどう輝いているのか、とても楽しみに思った。
自分自身については当時から結構不安もあり、わからないが故にがむしゃらにやってみる高校生活だったように思います。
時が経ち、こうして母校に足を踏み入れると、その時と変わらない自分、あと変化した自分が重なるような気がしました。
逆に、私も自分自身の20年後を、また密かに楽しみながら過ごしていってもいいかなと思ったりしています。
はて。
今日はあちこち移動していまして、各地で袴姿のお嬢さんを見かけました。
華やかな姿が街を明るくしていました。
進む先を見つめたり、やって来た道をほのかに思ったり。
春、いくつもの時間が交錯しています。