朝歩きをしているときは、鳥が歩く時に葉が小さな音を立てるのに聞き耳を立てています。

出来るだけ静かに、カサカサっ、と素早い音がしている方を向いて、小さな鳥を見つけるのです。

今日、仕事前に立ち寄った喫茶店には、コーヒー豆の焙煎機があり、天井まで届きそうな大きな機械はまさに焙煎中といった様子でした。

店員が網で豆を選り分ける音、そして焙煎機の音。

大きな音、というよりは低い音が何層にも響いているような音なので、大きい音なのに、そのなかにずっといられるような音でした。音から重さも伝わります。

音が立つのは振動するから、と学んだことはありましたが、そのモーターの音は振動のイメージに繋がるものでした。

とはいっても、お店がガタガタしていたわけではありません。美味しいお店でした。

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24. 2月 2021 by Tomoyo
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週末の名残で今日もまだ暖かく、朝は薄いもやが残っていました。

啄木鳥が高速で高い音を立てているのが聞こえ、何処だろうと探すと、木のてっぺんの方にいるのが見えました。

正確なリズムを刻んで、間。再びリズミカルに。

鳥に性格があるとしたら、啄木鳥はきっと几帳面な方になるんじゃないかと思われます。

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22. 2月 2021 by Tomoyo
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この週末はとても暖かい東京です。

明日日曜日も気温が上がるそう。

陽が暮れてからの冷え込み対策と共に、どうぞよき週末をお過ごし下さい。

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20. 2月 2021 by Tomoyo
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今日も寒い一日で、数日前の春のような陽気を思うと、まだ2月の今は春と冬が押し合う季節。

まだまだ気は抜けず、温かくしていこうと思います。

毎朝、大体同じような場所で、同じ(ように見える)鳥、二羽に出会います。

気ままに地面を啄んでいる彼らの邪魔をしないように、サッとお早うと言い、通りすぎ、松林を抜けるのです。

この時期の地面は松の細かい枝が敷き詰められていてとても柔らかく、地面の下には栄養が蓄えられているのでしょう。お馴染みの彼らだけでなく、他の鳥たちにとってもご馳走の森のよう。

この間はいつもコロコロとしている松ぼっくりが、地面に気を付けをしてすくっと立っていました。小さな樹のような松ぼっくりも、何か面白い秘密がありそうです。

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20. 2月 2021 by Tomoyo
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樹の幹を改めて観察すると、方向による樹皮の質感には違いがあるように見えませんでした。

しかし、枝は陽の当たる方向へ向けて腕を伸ばしているのが明らかで、逆に見るとその場所の陽の指す方向を知りたければ枝の伸びている方向を見れば解る、といったようでした。

陽当たりの悪い場所ではどの方向へもぐるりと均等に枝が拡がっていて、横方向より上の方に向かって伸びているように見えます。

 

そして、音。

樹の幹に耳を近づけて、水の通る音が聴こえるのだろうかと試しました。

公園の入り口の、大きな桜の木に耳をそばだてるも、水の音は響いてこず、近くの鳥のさえずりばかりが聴こえました。

あの樹の物識りおじいさんが、どこの国のどんな樹に触れていたのか、もはや記憶にはありませんが、そんな音が聞こえたら面白いのだろうなと思います。

一体どんな音なのでしょう。

 

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18. 2月 2021 by Tomoyo
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朝の様子。今朝はいつもより早く出掛けました。

太陽がいつもより低い位置にあるので、樹の真横から陽が当たるらしく、皆で太陽の方を向いて見えました。

そういえば、樹の幹に、おもて、裏はあるのだろうか。

 

 

枝や葉は陽の当たる方に伸びたり、葉と葉の隙間に芽を出したりしているけれど、幹は方角によって質感が変わると思ったことはないような気が、、。

そう思うと、どうやって樹皮は出来、年輪を重ねていくのだろう。

 

バウムクーヘンを作る様子を思い浮かべてしまった。

いやいや、バウムクーヘンは横に渡した棒に生地を絡めてくるくるとまわして層を外側に増やしていくけれど、樹は内側から新しい層が増えていくはず。

となると、葉は太陽光を浴びるために陽を追うけれど、逆に幹は太陽光よりも、地からの水を運ぶ役目があるから、太陽を追いかけるよりも地の水を得るためにともすれば強い吸い込み力で水を引き込んでいる、

のではないだろうか。

 

なので、私の想像では、樹の幹はおもて、裏ではなく、太いストローが地面から垂直に伸び、層を重ねてという推測に至りました。皮膚の代謝に似てる。

 

昔、木の物識りおじいさんが、活きている樹は耳を近づけると水が通っていく音がする、と言っていたのを聞いたことがあります。

試しに耳を近づけたことが何度かありますが、私はまだ水の音を感じるセンスが備わっていないよう。

また明日聴いてみよう。

 

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17. 2月 2021 by Tomoyo
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むかしに見た映画

 

昔好きだった映画を、しばらく経って見返したことはありますか?

先日、暫く振りに以前に一時期に繰り返し見ていた映画を再び見る機会がありました。

その映画の大体の話の筋を知っているはずなのに、初めて見る話のように思え、こんな話だったっけと驚くことが多く、たくさん見ていた当時は一体何を見ていたのだろうと筋書以外の記憶がほぼないことに驚きました。

他のことを考えながら何度も見ていたのでしょうか。まるで、効率の悪い受験勉強のようです。

これが音楽だったら、まるで缶詰のように様々な情景が流れ出すのに。

しかし、

今見返しても違う見方をしてまた楽しめるこの作品は、私にとっては善き友のように貴重な作品。また見返せた機会に感謝。

 

-世の中には、しっているようでしらないことがたくさんあるんですね。

 

これは映画のなかで何度か出てきた台詞。今も、昔もうなずくところです。

 

 

16. 2月 2021 by Tomoyo
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つま先がにょきと伸びて雨のなかに落ち、かかとの小さな音は繋がり、傘の顔が揺れる

今日の豪雨と強い風には参っちゃいました。

雨の日をスマートに乗り切れるのが大人、なんて思っていたのに。

そうかと思えばすっかり忘れた頃に夕陽なんて差し込んできて。

気まぐれなお天気よ。それも春近しのサイン?

 

 

15. 2月 2021 by Tomoyo
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最近、ととのう、という言葉を度々耳にして、整える、とはちがうのだな、と思ったりしていました。

このところピアノのお部屋の模様替えの様子など。

品物を劇的に絞り、見違えるお部屋に変身!とはならず、身近に共にいる品たちを集めて、仕分けて、ああ、こういったものたちがいるのだね、と今改めて点検した、という状態に落ち着いています。

品物の顔を揃えて見てみて、まずはそれだけでもひと段階を踏んだかと思ってます。

隅っこに鎮座しているものにも、折々また声をかけよう。

自分で選んだものたち、日々新たに、長くあっておくれ。

TOMOYO

14. 2月 2021 by Tomoyo
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朝、8時に色の帽子をかぶった小学生が登校の列を作って歩いていくのを見かけます。

なかには短パンの子もいたりして。元気だぞ。

ぐんぐん進んでおくれよ。

TOMOYO

 

 

12. 2月 2021 by Tomoyo
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